投稿者 笹崎辰裕
私は~元気~♪
先週くらいに金曜ロードショーで放送していたとなりのトトロのオープニングテーマである。
うちの長男のお気に入りでもある。この前まではレミオロメンの粉雪がお気に入りで、粉~雪~こ・こ・ろまでち~ろく~♪と歌っていた。
で、なんであるこ~あるこ~なのか。昨日ある村道を車で走ったのだけど、イイ感じだったんですよね。
ナニがいいのか。
なんかでそうな雰囲気がとってもよい。
車で10分ぐらい。たぶん自転車だと27分くらい。途中に池があるので、はまったら身も心もケロケロになれること受けあいだ(ちょっとたぶん意味違う)。きっと天竺に旅立ちたくなるに違いない。
ここのところの開発で、夜地面が真っ暗になる道と言うのはほとんどない。
暗いところは何で怖いのか?そこに何があるかわからないからだそうだ。怖い半分は自分の想像力の産物と言うことだ。とっても怖いけど、とっても気持ちが静かになりそうでよい。
蛍の時期は7月頭なので今は見えなかったけど、夕映え近くにどこか似たような処を散歩してみたい。
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工事前
投稿者 笹崎辰裕
昨日は着工式だった。
これから工事を始める3組のお客様がおいでになり、それぞれ担当の業者さん方にお会いになられた。
ちょうど上棟式があり社長がそちらに出ていたので私が挨拶をすることになった。
それぞれの営業担当者からお客様のプロフィールなどを聞いて言うことの下書きなんかを書いておいたのだけど・・・・・・
うまく話せない。この前の着工式は社長が挨拶を行ったのだけど、しゃべるのうまいなぁ、と素直に思ってしまった。この道の差20年の違いか・・・・・悔しいなあ。
これからお住まいを作るにあたっての私達の気持ちやお客様の思いなどを表現したいのだけど、どれもとってつけたようでうまい言葉が見つからない。どうも自分の口から出るとありきたりに聞こえるようで言えないのである。何が違うんだろう親父と。
何かできないことがあると、いつもある小説の主人公の台詞を思い出す。
主人公はその土地を統べる地主の跡継ぎ。あるとき祖国を敵国に襲われ、生き残ったわずかな仲間に助けられた場面。仲間にあなただけは助かってくれといわれて。
「俺は若といわれるたびに、『将来をよろしく』と言われていたのだぞ。やつらは俺の器や気質に惚れていたのでもなんでもない。ただ俺が将来この土地を受け継ぐという事実にのみ期待していたんだ。土地も民も失ってなにが王だ」
全部が全部当てはまるわけではないけれど、この台詞、他人事とは聞こえない。
業者さんに頭を下げてもらうたびにそれはそういうことで、ましてや私よりほとんどの業者さんが年配ということを考えると・・・・む~。
昨日もある業者さんに、うちの都合でその業者からの入品ができなくなり、お詫びを言ったとき
「それは三井さんの都合なので何も謝らないで下さい」
とにっこり。大人だなあ。なんだかとっても申し訳ない。
住まいを作るには20社前後の業者が関係してくる。
今もこれからも・・・・・掛けられているだけの期待にはやっぱり応えたい。
子供達
投稿者 笹崎辰裕
風邪が完全に抜けたらしい。
よ・か・っ・た~。足の裏がちゃんと地面を感じている。雲の上じゃない。
健康ってそれだけで幸せなんだ。健康って素敵♪
なにしようかなぁ・・・・・・仕事しよう。
で、今日は色んなところで色んなお子様に会った。
昼休みにピアノの先生が「つわりぬけました~」と元気に言ってた・・・・・・・本日一番小さいお子様でした。私のへんてこりんなミッキーマウスマーチなんかを胎教で聴いて大丈夫なんだろうかと若干心配になった・・・・先生曰く平気らしい。
営業中高校時代の先輩の娘さんにあった。うちの子より4ヶ月下だけど、学年では一つ下。着ているものもそうだけど、2歳にもなると男の子女の子がはっきりするもんだと思った。
「あんたんちの子、よ~くしゃべりそうだよね~」と言われた。
どういう意味だろう?最近確かに良くしゃべるけど、それでいて言うこと聞かないけど。
先輩は三人娘が夏休みに突入し、大変らしい。そうか。世間は夏休みか。道理でわきの下が汗かくなあと思った。
夕方にお伺いしたお宅で6月に生まれたばかりの女の子を拝見。
私の長女も生まれて半年だけど、生後2ヶ月やっぱりちっちぇ~。なんで生まれたばかりの子供って無条件にかわいいんだろう。帰ってから長女を見て、でっかくなったなとしみじみ思った。機嫌がたいへん悪いようで、泣き怒ってたけど。喜怒哀楽。長男並みにはっきりしてます。最近は。
友人が娘と映画を見に行って質問をされたらしい。その質問に答えられなかったと言っていた。
ちなみに私もずーと考えてみたが、ろくな言葉が浮かばない。
時に子供は何の飾りも無いそのままの疑問をぶつけてくる。
私の子供達はまだ「これはなに?」ということしか聞いてこないけど・・・・・・
ちなみに、なんでも答えられる自信はちっともない。
でも、聞いてあげて一緒に考えることのできる親になりたいと思う。
友人と
投稿者 笹崎辰裕
昨日で3夜連続の花火大会が終わった。
最終夜花火の打ち上げが終わってから友人から飲みに行こうと言う誘いがあった。
高校時代の部活の仲間達だ。4人の男どもが集まって近くの飲み屋さんへ繰り出した。
結婚しているのが2人。していないのが2人。家庭の話や仕事の話題。どんな話をしていても雰囲気が重くならないのが不思議でもあり、ありがたくもある。誰かの歌ではないけども気持ちはそのまま高校時代のノリなのがうれしい。
たいていしまいにはくっだら無い話になる。今回の最終ネタは死んだときにいかに自分のPCのハードディスクの中をクリアできるか。
たいていの人は自分のPCの中に他人には見られたくないようなデーターがあるわけで、それを葬式後いかに「自動的」に消去できるかを考えた。
?パスワードを設定しておく→消えない
?他のサーバーに乗っけとく→ハードディスクにあることに意義?があるのでダメ
?ある一定期間パソコンに触らなかったら消えるように設定しておく→旅行いけないじゃん
?死んだら俺が消してやる→お前にだけは見られたくない
・・・・・・これが解決できたらビルゲイツ並みの天才だということで話は終わった。
今度彼らと会うのはいつだろう?
どんな状況になってたとしてもたぶんまた、変わらずに会える気がする。
祭り二日目
投稿者 笹崎辰裕
昨日は祭りの二日目。
日中営業に出ていたこともあって市内が祭りの雰囲気に包まれていることをおとといより強く感じた。
夜。花火見ましたか?
色とりどりですごかった。
子供二人とカミサンと、きれいだね、大きいね、と部屋の窓から見ていました。
久しぶりに発泡酒サン・ゴ缶2本頂きました。ありがたや~
その年その年で色々な花火が上がるけど、人それぞれ好きな花火は色々あるのだろうなと思う。
その花火にまつわる思い出なんかもあり、色んな気持ちで見ているのだろうななどと思った。
生家の土地でも長岡花火に比べればとても小さいけれど花火大会がある。
もうずっと前だけど、その花火大会に三井工務店が花火を上げた時がある。
10号花火一発だ。
その花火を祖母と二人で自分の部屋から見た。
花火が打ちあがる間隔がそれなりにあるのでちゃんと数えているとどれだかわかる。
緑色のまん丸の花火だった。
「今のらかや?」
と祖母が聞く。
「そーらよ」
にまっと笑ってうなずく。
「じゃ、おら見るがん見たっけ寝るわ」
「へーいいが?」
うなずいて階段を下りる祖母。
息子の花火が見れて満足だったのか、どうなのかよくわからないけど、うれしそうだった。
花火を見ると、見た年ごとのいろんなことを思い出す。これからも増えていくんだろうな。
ちなみに私の長岡花火デビューは・・・・怖くて大泣きしていた覚えが・・・・・
祭り初日
投稿者 笹崎辰裕
実は風邪でまた3日ほど寝込んでいました。その間、いろんな人にご迷惑をかけてしまい本当に申し訳ございませんでした。みなさんもお体を大切に。
今日は祭りの初日。今この時間帯はいつもよりもさらに会社の前の道路が混んでいる・・・・・様な気がする。
普段見慣れない浴衣姿の人たちや、敷物を抱えて楽しそうに移動している人たちを見ていると、ああ祭りなんだなとしみじみ思う。
今年は残念ながら御輿は担げなかった。自慢だけど大島諏訪御輿会の御輿のノリはすごくきれい。
御輿のリズムは2拍子なんだけど、そのリズムがきれいにそろっている。だから左右に揺れずに上下にきれいに移動する。みんなと一緒に担いでいるという一体感がある。
ちなみに新潟県男子の平均身長に満たない私は、爪先立ちになって担いでいるときがある・・・・・・ぶら下がっている?のんのん肩が一ミリでも担ぎ棒に触れている限り「担いで」いるんです。
来年は・・・・・・担ぎたいなあ。いいなあ、担げた人。
ちなみに午後からの移動は自転車で行った。なんだかまだふわふわした感じなので雲の上をこいでいるようだった。
朝ごみ捨てに行ったときも感じたけど、ちょこんと歩いただけでじわ~と汗をかく背中に本格的に夏が着たんだなと思う。
色々やりたいことや、やらなきやいけないことが沢山ある。
まずは体調を戻そう。
夏の音
投稿者 笹崎辰裕
久しぶりです。風邪で寝ていました三日ほど。夏風邪大嫌い。ヤダヤダ↓
その三日間ずーと横になってごろごろしていたわけだけど、柳沢教授じゃないけど、色んな音があるもんだと感じた。
自宅が事務所の2階なので仕事の音はもちろん、遠くで井戸を掘っているどっこんどっこんと言う音や、いろんな車の音。
そう言えばローティーン以前は車の音を聴くことすら嫌で嫌でしょうがない時期があったのに、よくもまあこういう環境に住むことになろうとは、人生とは油断がならないもんだなと思ったりもした。
夜9時を過ぎると、さすがに明日には出勤しようと思うので寝る準備をし始めるのだけど、階下から三井戦隊の声がする。しかも笑い声だ。
三井サマーが新ネタを披露したのか?それを三井スプリングが高らかに笑っているのか?んでもって冷静な三井オータムと三井フォールが厳しい突っ込みを入れているのか?あげくのはてに将軍三井ウインターがとどめを刺しているのか?・・・すいません勝手に今作りました。でも言いえて妙だなあケケケのケ
でも不思議と事務所以外から人の声は聞こえてこない。遠くの公園から人の気配が伝わるだけである。
今年うるさいほどのかえるの声の合唱は、実は一度しか聞いてない。田んぼが回りにある設備屋さんの事務所に打ち合わせに行った時だけである。懐かしいでしょと言う社長の言葉が印象的だった。
セミの声も一度アブラセミの声を聴いたような覚えがある。セミたちの声はきっとこれからだろうな。
去年友人とヒグラシの声について話をした。
私はヒグラシの声が好きだといった。暮れ時が好きだったから。
友人は悲しい気持ちになると言った。
今年もしはじめてヒグラシの声を聴いたら私はどんな気持ちになるだろうか?
・・・・・なんとなく、思い出した。
幸福論
投稿者 笹崎辰裕
昨日一昨日と私が参加しているFJC.Nの総会があった。
その日のために一生懸命準備してくれたスタッフの皆さん。本当にご苦労様でした。楽しかったですよ~
実は今日、私は風邪である。咳がこんこんでてくる。やだなあ。
その総会後の懇親会2次会。先輩の話。
「一番不幸なのは良かれと思って一生懸命やっていたことが不幸だったということ」
「?」
「例を挙げると(ブログで上げるにはちょっと支障があるので内容ちょっと変えています。意味的には多分同じ)・・・・
ある親子がいた。息子は体の弱い親の代わりに一生懸命働いていた。
ある年ひどい飢饉がその親子の土地を襲った。畑の実りは細く、若い息子はともかく体力の無い父親は日々がたつにつれてやせ衰えていった。
何とかしたい。そう思った息子は川に向かった。
もともと大きな支流であったその川は、畑に水を引くには細くなっていたが、それでも小さな魚くらいはまだいたのだ。
息子は獲った魚を全て父親に与えた。
だけどその年、父親は亡くなった。
体力が落ちていたと言うこともある。だが直接の原因はその川に流れ込んでいた工場排水に含まれていた有害物質だった」
知らずして父親に止めを刺した息子はおそらく悔恨の念にとらわれたに違いない。もし自分でもそうだろう。父親を少しでも元気にさせたいと言う気持ちが招いてしまった結果である。
ここまであからさまではなくても、これに近いことは確かに現実でも沢山ある。自分もよくやる。
確かにへこむ。
でも・・・・・父親は不幸だったのかなぁ。死そのものは悲しいことだけど、一生懸命息子が自分を元気にさせてやろうとしていたことは幸せに感じていたんじゃないのかなぁ。
先輩は言っていた。幸福になる一番の近道は、幸福を感じることができるセンスを磨くことだ。
こちらはちょっとわかる。・・・・・ような気がする。
ちょっと頭がぐ~るぐるしている。
なんだか、うまくいえないことばっかりだ。今日は。
でもきっと、今の自分は幸福に違いないと思う。
歌
投稿者笹崎辰裕
昨日保育園で長男の歌と踊りの発表会があった。
本当は大島中央公園で行う予定だったのだが、この雨で公園での実行は中止。保育園内の体育館での実行となった。
で、私も仕事を早上がりしてビデオカメラを持って行って来た。
長男は一旦自宅に帰ってきていたから、カミサンと長女と4人で歩いて保育園に向かう。
長男「だっこ~」
私に抱っこされて保育園に向かった。大丈夫なんだろうか?
教室で先生に長男を預けて体育館で待つ。ちょっとどきどき。カミサンは知り合いの方々と言葉を交わしている。長女はきょとんとした顔でカミサンに抱かれている。
園長先生の挨拶が終わり発表が始まった。子供達のバンドとフラッグによるマーチング。片手が余るくらいの年齢の子供達がすごい迫力で演奏演技をしている。
「自分の子が将来同じようにやるかと思うと・・・・・ちょっと泣きそう」
感動したカミサンが目をうるうるさせていた。
次に最年少の子供達のカワイイ発表があり、次が長男達の学年の発表だ。
頭に被り物をして手にふわふわの飾りをもって出てきた。
「よろしくおねがいします」ぺこりと礼をして歌から始まった。
あるこ~♪あるこ~♪♪
おおーちゃんと歌ってる!お口をおっきく開けて!家でもよく歌っているが、こういう場面で聞くとまたなんか感慨深いものがあるなあ。
で、次にダンス。あははは。踊ってる♪でもどっち見て踊ってるんだい。
たぶん普段保育園でも楽しくやってるんだろうなあと、微笑ましくなる。
教室に戻ってからがんばったねと言うと、先生からもらったピカピカ光るおもちゃを見て見てと差し出す。
あ、気持ちはもう、そっちですか。
そんな、なんだか気持ちがほっとする一日だった。
彼・岸
投稿者 笹崎辰裕
昨日は良く晴れていた。出張先も快晴だった。
まるで、一昨日までの事なんか無かったかのように。
新聞で見たはずだった。ニュースでも何度もやっていた。
会社でも、お客様のところでも、現場でも、必ず話題にのぼっていた。
移動中の車の中でも何度もラジオが伝えていた。
信濃川がいつもと全然違う表情をしていた。
真夜中のこととは言え、長生橋が通行禁止になり朝は他橋が異様な渋滞を引き起こしていた。
人がたくさん死に、日常ではありえない行方不明者が多数でた。
自分達も同じ体験をしたはずだった。
それでも
友人に指摘されるまで、それはどこか別の世界の出来事のように感じていた自分がいた。
普段と同じ生活をして、それは間違いで無いと思っていた。
たぶん間違いではない。私が生きるうえではけっして。
何ができるかわからない。何を犠牲にしてまでとも思う。
でも
きっと何かしなければならない気がする。